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2007年11月

2007年11月30日 (金)

蜜柑喰いのあおむしさん達

先日、我が家のあおむしさん達(人参喰いの黄揚羽さん)は皆、無事外の世界に巣立って行きました。運が良ければ来年の春又会えるでしょう。

話は変わりまして、家には柚子の木がありましてそこに同じく揚羽蝶科のあおむしさん達が住んでいます。そして蛹になるべくして柚子の木から巣立つ者達も。

190189  左:並揚羽(なみあげは)、右:紋黄揚羽(もんきあげは)。蜜柑喰いの揚羽のあおむしさん達は皆こんな模様をしている。蜜柑科の植物を食草とするにはこの模様が適応しやすかったのだろう。黄揚羽と比べると同じ揚羽蝶科なのに環境の違いでこんなに模様が違うものなのですねぇ。

家には来ていないが、黒揚羽(くろあげは)の幼虫は紋黄揚羽と似ているが、紋黄揚羽は背中の帯状の紋が背中で繋がっていないのに対し、黒揚羽は繋がっている事で区別できる。

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2007年11月29日 (木)

黒霧島

183私のポリシーとしては瓶で買いたいところですが、多分飲み切れないので…(焼酎は好きですが、日本酒ほど量を飲めない。鬼門なので)

「とろっときりっと黒霧島」というコピー通り、最初にトロットした甘さ、そのあとにきりりっとしたからみがきます。

焼酎ビギナーの私でも飲めますから、ビギナー向きなのかなぁ。

焼酎はいろんな材料から作られて、麦焼酎、米焼酎、芋焼酎、黒糖焼酎などありますが、矢張り材料によって全然違う。米焼酎はどこと無く日本酒に似ているし、黒糖焼酎はラム酒のようだ。

折角焼酎天国にいるんだ、色々飲みたいねぇ。

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2007年11月28日 (水)

野葡萄(のぶどう)

   188187186

葡萄科の蔓性の落葉本木。

7~8月に白い小さな花を咲かせ10~11月に果実をつける。

葉は色々な形のものがあり、写真のものは切れ込みが無いが、切れ込みがあり三つに尖っている物もある。

果実は紫、緑、紺など様々に色を付け見た目は鮮やか。でも酸っぱいらしい。形が歪な物は虫えい(虫こぶ)になっている。

子供の頃、藪の中に分け入って見つけた宝石でした。

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2007年11月27日 (火)

犬鬼灯(いぬほおずき)

185 又は犬酸漿。ただしこれは葉の形、実の光沢からするとアメリカ犬鬼灯。

(犬鬼灯は実に光沢が無く、葉の形は丸みを帯びている事と花柄の枝分かれの仕方が違うのでほぼ断定)

茄子科の帰化植物。路傍や荒地に良く見かけますね。

茄子科特有の花の形をしてますね。

184 果実の拡大。黒くてつやつやで美味しそう?

我が餃子の師匠(中国出身)はこれを「星星(シンシン)」だといって勧めてくれた。味は甘いトマトのような味。

…しかしね、これは毒草(!)なんですよ。

実はおろか葉、茎、根全てにおいてソラニンと言う神経毒が含まれています。多量に摂取すれば下痢、嘔吐、頭痛、麻痺を起こす。

野生の生き物はちゃんと毒があることを知っていて、一度に沢山食べたりはしない。そ、一度に沢山は、ね!(冷汗)

何はともあれ、無知とは恐ろしいものです…。自戒を込めて。

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2007年11月26日 (月)

まあ、ごゆるりとお茶でも

うちは一応茶屋だって事をすっかり忘れていた(茶ではなくおちゃけを載せてるし:爆)。

それでは、たまには茶菓子でも。

182 グラノーラクッキィ。材料は全て目分量。

マーガリン、全粒粉小麦粉、グラノーラ、甜菜糖。

グラノーラに甘みがあるので糖類は少なめで良し。(場合によっては無しでも可)

ざくざくとした歯ざわりがたまりません。

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2007年11月25日 (日)

褄黒豹紋蝶

Tumaguro2 Tumaguro3 Tumaguro1

つまぐろひょうもんちょう。前回は雄の写真のみだったので今回は雌の写真。あちこちから撮影。

最近生き物や植物を漢字で書き、かっこして仮名を振っているって気が付かれた方、鋭いです。漢字で表すとその生き物なり植物なりの特徴が一目で判ると気が付いた今日この頃。

近頃蝶も元気が無くなって、思い切り寄って撮っても逃げないので撮影し易い。

褄黒豹紋の雌の模様は樺斑(かばまだら)と言う有毒の蝶の擬態をしていると言う説がありますが、樺斑自体は日本には風に乗って迷蝶としてやって来る位で、擬態として機能しているのかいな?

熱帯から温帯に生息する蝶ですが、近年のヒートアイランド化により、北限がどんどん上がってきているらしい、が、蝶は悪くないぞ。

幼虫はスミレ類の葉を食草にするのでパンジーにくっついている。パンジーの葉に、朱色縦一本線の黒色毛虫を見つけたら飼って見て下さい。(毛に毒はありません、ご安心を)それはそれは美しいものが見られます。蛹の姿は銀細工の様です。

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2007年11月24日 (土)

雀の?

Suzumeuri2 雀瓜(すずめうり)。瓜科の蔓性植物、一年草。

朱色の鶏卵ほどの大きさの果実をつける烏瓜(からすうり)はその色や大きさから良く目立ち、知られていますが、こちらは余り知られていないのでは?

名前の由来は雀の瓜の様だとか、雀の卵の様だとか。

球形の果実は熟すと緑から白っぽくなります。

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2007年11月23日 (金)

かえるぴょこぴょこ

Amagaeru アマガエルさん。道の真ん中でぴょこぴょこ跳ねていました。

車に轢かれそうなので、叢にお帰り願いました。

それにしてもそろそろ冬眠の時期じゃないのかい?

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2007年11月22日 (木)

11月18日 由布岳

本当ならば10月の中旬辺りに登ろうかと計画を立てていたのだが、肺炎やら虫垂炎やらなんやらかんやらで11月も中旬に入ってしまった。これ以上延ばすと子供と一緒に行くのは無理だろう。ダイキチには約束をしてしまっている。何が何でもこの日しかないだろう、と言う思いがあった。

当初はダイキチ、みい、私の三人でと思っていたが、病み上がりの私を気遣ってか珍しくgasaさんが同行。寒気が入り込んで来ているので当然山は冬だろう。兎に角無理はしない、きつくなりそうなら早めに下山する、と言う事で7時20分家を出発。車中でおにぎりを食べ、終わりに差し掛かった紅葉を愛でつつ一時間弱で由布登山口に。

休憩所やトイレの設けられている駐車場には、既に10台以上止まっている。空いた所に車を止め、車外に出ると、寒っ!予想はしていたが矢張り冬だ。そして若干風が強い。みいはこの風に怖気づき、「だっこ~」と叫んでいる。空は雲が多く、山頂に至ってはガスが掛かり見えない。ダイキチとみいに「帰るか?」と尋ねると、以外にも「帰らない!」という返事が。流石我が子、根性があるぞ。ストレッチを入念にし、準備をして8時35分、出発。

163 登山届ボックスに計画書を入れ、由布岳を正面に牧歌的な笹原の登りを歩く。左手にはこんもりとした草山がある。飯盛ガ城(いもりがじょう:1067m)と言い、山城が置かれていた所だそうだ。ダイキチは笹の中を猿の子のように飛び回り、みいはgasaさんにだっこだ。こんな事もあろうかと思い、gasaさんと子供の荷物は極力軽くし、その分私のザックに詰め込んではあるのだが、先が思いやられる…

約20分歩くと柵があり、「牛の侵入を防ぐ為」云々と書いてある看板がある。矢張りこの草原で夏の間放牧が行われているのだろうか。柵を越えるとここからは由布鶴見自然休養林に入る。ここにもトイレと休憩所が設けられている。ここから右は日向岳観察路経由で由布岳東登山道。我々の後から来た男性の登山客が一人、こちらに向かって行った。興味深いルートではあるが、ダイキチ、みいを連れては無理だろうな。

164 我々は由布岳登山道(正面コース)を進む。楓や小楢、山法師、柏等々の自然林の中を歩く。紅葉はほぼ終わりとなり足元を落葉が埋め尽くしているが、赤や茶色の葉がまだ僅かに残っている。秋の盛りのにぎやかさが無くなり、季節が冬に向かう山は静かでどこと無く暖かで私は好きだ。夏からひっそりと秋に向かおうとする初秋の山も趣がある。多分私は中途半端が好きなのかもしれない。

そんな私を知ってか知らずかダイキチは落ち葉を拾いながら「柏餅の葉っぱー!」「もみじの葉っぱー」と叫んでいる。…山は静かに楽しみたいが、暫くは無理だな。

みいに赤く色付いた楓の葉を2、3枚拾ってやると興味を示し、一旦は下に下りて歩き出したが、再び「だっこぉ~」とgasaさんに抱っこされてしまった。

ここから約三十分ほどで視界が開け、岩石が露出した場所、合野越(ごうやごし)に着く。岳本からの道がここへ繋がる。ここから飯盛ガ城へと向かう事も出来る。一先ずここで小休止とするが、立ち止まると寒くなるのですぐに動き出す。

165 再び樹林帯に入りジグザグの登山道を行くが、暫く行くと辺りは潅木になり、振り向くと飯盛ガ城と由布院の景色が一望。しかし、風を遮る物も無くなり顔が冷たい。ダイキチは鼻水がじゅるじゅる。みいはgasaさんの背中から「さむい~」を連呼。「じゃあ、もう帰るか?」と尋ねると二人とも首を横に振る。ならばみいよ、降りて歩きなさい、と言うが「だっこがいい」とのたまう。gasaさん、お気の毒に(苦笑)

辺りの景色は潅木から枯野の草原へと変わり、再びミヤマキリシマやドウダンツツジの潅木が現れる。ここからが少し急登になる。ダイキチは猿の子のようにピョンピョン登り余裕の笑みを浮かべているが、14キロのみいをだっこのgasaさんはきつかろう…。「いや、重くは無いが足元が見えなくてきつい」だそうな。ダイキチは「やっほー」などと言っているが、ここではやまびこは聞こえないよ、と思っていたら下の方から「ヤッホー」と帰ってきた。あれれ?

167 ガレ場を抜けるとマタエに到着。合野越からここまでは休憩を取りながら約1時間半。ダイキチ、本当に良く歩いたな。とりあえず記念写真を撮り、家で焼いてきたツナマヨパンとチーズを口に入れる。すると、後から登ってきた登山客の一人が「あら、さっきヤッホーって言ってくれたの僕だったのね?おばさんのヤッホーも聞こえた?」と声をかけてきた。ダイキチがニコニコ頷くと「君の声で元気になったのよ。ありがとうね」とお礼を言われた。山は静かに楽しみたいと思う登山者が多い中(私もその一人)その言葉はとてもありがたかった。それから次から次へと声をかけられ、彼はたちまち有名人になってしまった(苦笑)。

166168 マタエ正面はウバガウジと呼ばれる噴火口跡。ノリウツギやミヤマキリシマが群生している。西は西峰(1583m:写真左)で、マタエからすぐ障子岩(写真右)と呼ばれる岩壁の登りがあり、ダイキチはこちらに興味を示し、一人でピョンピョン登りかけたが私に一喝されてすごすご戻ってきた。君の気持ちは良くわかる。私も本当ならば行きたいよ。ダイキチならば登りは大丈夫だろう。しかし下りを考えるとすぐにOKとは言えないものがある。お鉢回りをして東峰から下る事も考えたが1時間かかる。みいが「さむい~ねむい~」と言い始めたのでgasaさんはみいとここに残ると言ってくれたが、そんなに待たせるのは心苦しい。ダイキチを説得し、当初の予定通り東峰に向かう。

マタエに着いた頃からガスが上がってきて、展望は全く利かない。ちらちらと白いものも舞っている。ダイキチは口をあんぐり開けている。何をしているのかと思ったら「雲を食べている」のだそうだ。曰く「甘くも辛くも無い」(笑)。岩稜伝いに登っていくとダイキチが「…!」声にならない悲鳴を上げた。岩の角に当たったのだろう、掌が切れて血が出てきている。少し涙目になっているダイキチに「これくらい大丈夫」と手で傷口を押さえ止血し、リバテープで止めてやると落ち着いた。「登れるか?」と尋ねると首を縦に振ったので再び歩き出す。岩をよじ登る長男は目がきらきら輝いている。「こんなゴツゴツした山に登りたかった」と頼もしい事を言ってくれた。

169 15分も歩かないうちに東峰(1580m)に到着。山頂では何人かの登山客が昼食を取っている。相変わらず視界が悪いが記念撮影し、「よくがんばった」と握手をした。

この東側に由布岳東登山道からの道を確認し、来た道を戻る。ダイキチは「お鉢回りをしたい」と未練たっぷりに言ったが、「私も行きたいが仕方ないでしょ」とこちらも未練たっぷりに言い返し、二人でにやりと笑った。下で待っている二人はどうなっているかな…

マタエに着くとみいはgasaさんに抱っこされ眠っていた。こんな状況でよく眠れるなぁと思ったが、ああ、そういえばこの人は歩きながらでも眠る人だった(笑)。私とダイキチの気配でみいは目を覚まし、お昼にするにはここでは寒いからと合野越まで下る。西峰から降りてこられた登山客が、西峰には樹氷があったと教えてくれた。それにしてもダイキチは元気だ。下りもピョンピョン降りて行き、「早くー!」などと言っている。おまけにマタエでモテモテだったのに気を良くしてすれ違う登山客にちょっかいを出している。恥ずかしいから止めてくれ。私が一喝するも暫くはしゅんとするが、再び標的めがけてピョンピョン走っていく、その後姿はまさしく猿だ。

170 合野越に着き、コンロでお湯を沸かす間子供たちは岩に登ったりかくれんぼをしたりして遊んでいる。ラーメンが出来るとすぐに集まってきてあっという間に食べてしまった。ラーメンを食べ終わる間にお湯を沸かし、飲み物でも作ろうかと思ったのだが間に合わないではないか、よく咬んで食べなさい。

171 子供はココア、大人はコーヒーで「お疲れ様」。まだここから30分以上は歩かないといけないが、冷えた体も温まった事だ、歩こう。みいもやっと自分で歩き気になったようだ。私と手を繋いで、ダイキチの真似をしてピョンピョン行くが、なかなか上手く行かず、転んでずぼっと落ち葉に埋まる。それが楽しかったのかずぼっ、ずぼっと埋まってはきゃはきゃは奇声を上げている。顔から落ちないように支えている私は気が気ではない。

あっという間に柵のところに到着。しかし柵を出て笹原の丘に出ると風を遮るものが無くなり、激しい風に煽られると、みいは途端にgasaさんによじ登る。このお嬢様は結局今日は30分程度しか歩いていない。

172_3173_2 笹原を歩いて後方を振り返ると先程までガスが掛かり見えなかった双耳峰の山頂が姿を現している。山頂での事が嘘のようである。手前左には飯盛ガ城の姿も見える。それにしても皆よくがんばった。ダイキチに関しては私は一度も手を貸していない、一人で登り切った。そんなダイキチが「又来たいね。こんどは岩の方(西峰)に登りたい」と言う。何度でも来よう。冬の樹氷、夏の花、秋の紅葉。楽しみは一杯ある。今度来るときはみいが少しは歩くと良いがな、風が笹原揺らす音を聞きながら登山口に着いた。

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2007年11月21日 (水)

今日は一羽の鳥について熱く語ってみます。

由布岳の記事は大作になってしまいそうなので(只今総力を挙げて作成中~)、数日の猶予の程を。

Yamagara_4

   山雀(ヤマガラ)です。木の梢に止まって「ツツピーツツピー」と啼いています。自分の縄張りを主張するためにがんばって啼いています。

スズメ目シジュウカラ科の可愛らしい鳥です。本当はもっと寄って撮りたいところですが、腕もなければカメラも悪い。

黒くて尖った小さな嘴といい、くりくりの黒い小さな目と言い何とも不思議な配色と言い本当に可愛いのです。時々頭の天辺がぼさぼさであったり、忙しなく動く姿も憎めません。アップでお伝え出来ないのが本当に残念。

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2007年11月20日 (火)

食パンマン敗れたり

只今長文書きたくない病に罹っていますので、由布岳の記事は少々待っておくれやす(誰)。

本日の昼食と明日の朝食用に食パン一斤焼いたのですが…

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2007年11月18日 (日)

由布岳

登山口8時35分―合野越9時34分―マタエ11時~11時20分―由布岳東峰11時40分―マタエ11時50分~12時―合野越13時18分~14時23分―登山口15時15分

由布岳は冬でした。山頂はガスが掛かっていてまっちろけでした。ちらちら雪が舞っていました。みいはおんぶお化けでした。ダイキチは洟垂れでした。

詳しい内容と感想は後日。

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2007年11月17日 (土)

ワインも良いが日本酒を呑もうよ

Bisyounen 美少年 吟造り純米酒 (美少年酒造株式会社:熊本県)

久しぶりに見つけたので購入。

口に含むと、先ず甘味が広がる。暫くするとさほど強くは無いのだがぴりりと辛味が来て(まあ、中辛と言った所?)それが消えると口の中に甘味が漂う。

これを重いと感じるか旨いと感じるかは好みによりますが。

五合瓶982円(税込み)というお手頃な価格でこれだけ楽しめるお酒と言うのもそう無いと思うのよ。

ちなみに、名前の由来は天草四郎と思い浮かべたあなた、はずれです。

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2007年11月16日 (金)

戦い済んで日は暮れて

本日は幼稚園バザーの本番でした。

私は役員であるにもかかわらず体調不良で一ヶ月近くお休みを貰い、復帰した時には浦島太郎状態でした。しかし、他の役員さんやいつもお手伝いに来てくださる保護者の方々に助けられ、何とか無事に終える事が出来ました。

PTA役員は正直言って大変です。(特に幼稚園は)ですがやり遂げた後の達成感は何ものにも変えられないものだと思います。

人間の器が一回り大きくなったと思えます。身は一回りほっそりします。

頻繁に幼稚園に通う為、家では見せないいつもと違う我が子の様子が見られます。それがすべて喜ばしい姿とは限りませんが。

他の園児とも仲良くなれます。(本当に子供たちは可愛いっ!)時々あちこちの園児から同時にお声がかかり対応に追われますが。

だからこのブログを見ている皆様、もし機会がございましたらPTA役員になってみる事をお勧めします。ただし、どうなるかは保障は致しかねますが(笑)。

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2007年11月15日 (木)

今日も日記風味

あおむし一人旅

今日も一匹、あおむしが外の世界に旅立って行きました。朝、蛹化しそうなのが一匹いたのですが、今日は一日不在にする為段ボールハウスごと外に出して置き、夕方帰ってきたらどこにもいませんでした。家の壁で蛹になってくれないかなぁと淡い期待を抱いておりましたが、そうそううまくは行きませんねぇ。

明日辺り又一匹蛹になりそうなのです。が、明日も留守にするんだよなぁ。

ボジョレー解禁ですなぁ

東京の何処ぞでかは午前零時にあわせ、無料で振舞われたそうですが…私もその場に居たかったよ。(旅費のほうが高くつくよ)

買い物に行く時間も無く、しかも致命的なミス(注文忘れ)で生協にも頼んでないのよ。縁が無かったと言う事で、日本人らしく大人しく日本酒呑も。

何故にホケキョ

最近家の近所でウグイスが「ホケキョ」と鳴いている。最初は空耳と思ったんだけどね。まあ、桜も咲いちゃった事だし。

ウグイスを悪くいえない

今日は分刻みのタイムスケジュールの中に、子供の体操教室の日だと気が付き、忙しいからいっそ休もうかと思ったのですがね、ダイキチが俄然やる気だったので何とかそのスケジュールの中にねじ込んでやりました。会場までは片道30分、タイムトライアル張りにぎりぎりセーフで体育館に滑り込んだものの誰もいないよ?今日って第二木曜だよね??と思ってスケジュール帳を見たら…第三木曜なのね、今日。

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2007年11月14日 (水)

今日の手仕事

Petbptpruhpruder ペットボトルホルダー也。

ううっ疲れた。

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2007年11月13日 (火)

さよならあおむし

今朝あおむしの段ボールハウス(味噌の容器では手狭になったので先日お引越しした)を覗いたら様子の変わったのが一匹。

158 体を縮め、時折頭部を小刻みに動かしている。昨日まで丸々と太って私の人差指程もあったのに今日は小指程の大きさだ。

蛹化の準備が始まったのだ。

157 何度か身を捩り、その後多量の水様便を出す。その中には昨日食べた最後の人参の葉が未消化のまま混じっている。

殆どの蝶の幼虫がそうである様に、蛹化する前に入らないものを出し、こうして体を軽くしておくのだ。

体が軽くなったあおむしは、いよいよ蛹になる場所を探す為あちこちを歩き回る。あおむしとはこれ程までに動き回るものなのかと言う程に。普段あおむしは食事をする時意外外敵から身を守るためであろう、じっとしているのだ。

しかし、うっかりしていた。蛹になるための枝は用意してあるものの、越冬する場所を用意してない!

その年に蝶になるあおむしを育てた事は何度もあるのだが、越冬させた事は未だ無い。その年に蝶になるものは蛹化してから大体10日前後で羽化するのでいつも段ボールハウス。しかし越冬させる為には丈夫なケースが無いといけない。何故なら越冬させる為には室内では温度が高すぎる。依って蛹になってからは外に移したほうが良い。だから数ヶ月間雨風に耐えられる物で無いといけないのだ。

156155  私の悩みなどお構い無しに、あおむしはあちこち動き回り、用意した枝に摑まってついに蛹になるような素振りを見せたが、矢張り気に入らなかったらしく逆戻り。

私はその様子を見ながら、ある選択に迫られていた。

そして苦渋の決断を下す。

私はあおむしの摑まっている枝を手に取り、外に出る。みいにも納得してもらった。

人参の植えてある畑の近くの木の幹にそっと降ろしてやる。あおむしはゆっくりと幹を登っていき、やがて葉の陰に隠れ見えなくなった。

出来れば蝶の姿を見たかったが…そう言い掛けて止めた。今までのぬくぬくとした家の中とは違い、外は敵が一杯いる。鳥に食べられるかもしれない、寄生蜂にやられるかも知れない。それでも自然であるのが一番いい。

運が良ければ来年の春、又この庭で会えるさ。そう思いながらみいと二人、あおむしが消えた辺りを暫く見守っていた。

…残りの六匹は今日も元気に人参の葉を食べている。

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2007年11月12日 (月)

月曜日がやってきた

結果発表~

虫垂炎の経過を見てもらう為にK医院に。抗生剤が功を奏したようで良くなっている様子。そんな訳で今日のK医師は機嫌が良いぞ。

私が薬に弱い体質と気に留めてくれているので「薬の副作用はどうかね」と聞いてくれる。私は早速「胃が痛い」だの「胸焼けがする」だの言ってやった。医師はけろりと「胃がただれてるかもね」と言い「そんじゃ、後二日(投薬)がんばってみよう」と同じ薬を処方してくれた。それじゃ最初から聞かないでくれ。

ヒルガオ科

MameasagaoMarubarukousou  左からマメアサガオ(豆朝顔)とマルバルコウソウ(丸葉縷紅草)。畑の隅の草むらでお花畑になっている。共に帰化植物。こんな小さな花にもちゃんと名前があって、どういう経緯ではるばる遠くからやってきたのか色々調べていくと面白い。

ふてぶてしいのか臆病なのか

Norasann 神社に行くと何処からとも無く現れ目の前にどてっと横になる。私は勝手に「ノラさん」と呼んでいる。

随分と人に馴れていて、よしよし撫ぜていても嫌がる気配が無い。しかし気に触らない事があるといきなり引っかいてくる事もあり気をつけないと。

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2007年11月11日 (日)

今日のいろいろ

Banpeiyu 遠近法ではありませんぞ。晩白柚(ばんぺいゆ)と言います。

これからもっと大きくなり、バレーボール程の大きさになります。色も黄色になります。

味はザボンに似てるかな?皮でジャムを作ったり、お風呂に浮かべても良しと捨てるところがありません。家は毎年二月頃かな?楽しみ楽しみ。

Akebi 大ばあちゃんがあけびを貰ってきた。

大きさも立派だし、種も少ない(それでも多いけど)。色もいい色している。多分、野生のものを品種改良したものだろうね。

山に入って、あけびや木の実を取って食べていた子供の頃を思い出した。

Kiagehayoutyuu 七匹のキアゲハの幼虫もすっかり大きくなりました。

静かに耳を澄ますと人参の葉を食べるサクサクという音が聞こえます。

昔、養蚕をしていた頃はお蚕が桑の葉を食べる音が凄かったと聞いた事がある。ばあちゃんにだったかな?きっとこれの何十倍だろうね。そろそろ蛹になる場所を作ってやらねば。

Photo ダイキチが久しぶりに「山に入りたい」と言って来た。私もそうなんだが、暫く山の土のにおいを嗅いでないので禁断症状が出てきたみたいだ。

畑の裏の山なので高が知れてるが、それでもダイキチは猿のようにどんどん登ってゆく。上り詰めるとそこは車道が通っている。車道を通って家にも帰れるが、ダイキチと私、にいっと顔を見合わせて再び山の中へ。下りも猿のように進んでいく。時々振り替えり「大丈夫?」と声をかけてくれる。何ともたくましくなったものだ。

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2007年11月10日 (土)

今日は日記ですよ

一難去って又

昨日記事をUPしてすぐ、右下腹部に激しい痛み有り。マイコプラズマの後は胃腸風邪かいな?と思っていたが様子が変だぞ?今回の事で流石に懲りていたので、ぎりぎりセーフでまだ開いているK医院へ。こちらは循環器科と胃腸科が専門なので丁度良い。

ここのK医師は腕は確かなのだが、レアな症例だと楽しそうに診察する事と謎々の様な事を言って患者を惑わすのが気に入らない。(循環器科でGO!参照)

で、今回は別にレアではなかったので不機嫌そうに「虫垂炎の初期」と言って、抗生剤の一番弱い奴(パセトシン)を処方してくれた。この医師は私が薬に対して弱い体質だと良く判ってくれている。

「切らなくて良いのですか」と聞いたら、自分は外科じゃないし切るほど酷くも無いので月曜まで様子みて、と言う旨の事を言った。で、帰り際に「月曜まで我慢できなかったらすぐに(外科に)紹介状書くからね」と言った。その顔は矢張り楽しそうだ。…完全におちょくられているぞ、私。

一人ぼっちの週末也

そんなわけで折角川上渓谷に行こうと思っていたのだがあえなく断念、無念。

ハラキリになるかも知れぬ嫁を残してgasaさんは予定通りスキーに行ってしまうし(ま、gasaさんはスキー、私は山、趣味の世界に生きる(?)者通し、お互い様だが)せめて家の周りを子供らと散歩でもしようかいな、と思っていたが、お義父上、お義母上のお出かけについていってしまった。裏切り者!!

仕方ないので車で図書館に。本来ならば自転車で行く所だがこれが原因でハラキリになってもなぁ。(ちなみに片道40分。up down の激しい道)

ネット予約の本はまだ来てなかったが(IDとパスだけ申請すれば、ネットで書籍の検索、予約が可能)畠中恵氏の本を三冊見つけたので大人しく読書でも。

で、さくさくっと読んだらあらもう三時。お昼食べるの忘れてたわ。しかし食欲無し。とりあえず大目の水で薬を。そしたらものすご~く眠くなってきた。あれ?パセトシンにこんな副作用あったっけ???

子鬼たちが帰ってきた

どうやら海で貝殻拾いをしてきたらしい。私は海の生き物には詳しくないのよ。

しかし二枚貝は良いが、巻貝はどうしても…二枚貝は中が空って判るけど、巻貝はまだ何かいそうな気がしてね、どうもいけません。いないって頭では判っているのだけどね。

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2007年11月 9日 (金)

水辺の鳥たち

Daisagi_2  狩りをするダイサギ。

ゆっくりゆっくり茂みの中を歩き、素早く嘴を水面に突き刺す。

これを何度もやっていたがことごとく失敗。餌をとるのは大変だ。

この少し上流に、コサギの姿も見られた。

Sekirei セグロセキセイ。見難いのでクリックして拡大してください。(いや、クリックしても見難い)

「セグロセキセイとハクセキレイはどこが違うのですか」と聞かれるのですが、(私は専門家ではないので良く判らんよ)顔の部分が、おでこと目の上が白くて(眉毛みたい)後は真っ黒なのがセグロセキセイ。頭の天辺は黒く顔が白くて黒い過眼線(目頭と目じりに伸びる線のような模様)があるのがハクセキレイ。

近寄ってもっと撮りたいと思うのだけど逃げられる…。彼らは家の車のミラーにいつも悪戯し掛けて行くのになぁ。(でも可愛いから許す)

Kamio 鴨。名前は特定できず。群れで来ており、今日は7羽確認できた。7羽全部羽は茶色。ええっ?全部♀?それともエクリプス(非繁殖羽)?今の時期はそろそろハデハデな繁殖羽では?今年は夏が長かったから鴨も呆けちゃってるのかいな?暫く鴨ウォッチングに通い続けてみよう。

兎に角、虫は兎も角鳥を撮るには良いカメラが欲しい。

今日の格言「何時かは欲しい一眼レフ」

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2007年11月 8日 (木)

点滴生活 総まとめ

総まとめって程の事でもないのですが…

142_2 本物です。10月26日の検査結果です。小さいのでクリックして別窓で拡大ね。

ほかの数値はまったく問題ないのに、白血球とCRPが高い。特にCRPに関してはオドロキノ数字ですね。

ちなみに、CRPってのは、体の中に炎症があると高くなる。どれだけ炎症起こしてたんだか、私の体の中。

追記:今日、元看護師の知人に会って、CRPの件を話したら「馬鹿」と怒られました。基準は0.2なんだそうです。「私だったらぐたぐた言おうが即入院、て言う」と言われました。

もう一つ、ワタクシこの時点で微熱が2週間程続いておりました。 微熱が続くって事も矢張り体の中に炎症を起こしている箇所があると言う事で、たかが微熱と侮ってはいけないとつくづく思い知らされた今日この頃。

140 おまけ。これは一週間後点滴が肝機能に影響を及ぼしていないか検査してもらった結果。これもクリックで拡大ね。

模範生的な数値ですねぇ。まだまだがんばってもらいましょう、わが肝臓。(何を?:笑)

139 これがうわさ(?)の点滴。日に焼けてて病人らしからぬ腕でごめんちょ。

よく見ていただくと、チューブのところに瘤のような所があります。採血の時はここに針が刺さっていて(つまり腕側と採血側に針がある)採血がすむと針を抜いて点滴に繋げるのです。

情報によりますと、今年はマイコプラズマ流行るらしいですので皆様お気をつけくださいまし。

マイコプラズマはワクチンがありませんので、たった一つの予防法は、外から帰ったら手洗いうがいですぞ!

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点滴生活 最終日(仮)

今日こそは最後の点滴、これで腕の疼きともおさらば…だと良いが。

今日は採血と点滴の後、診察が入る。昨日医師が「採血で針刺しちゃうなら点滴も…」と言っていたので今度も採血してそのまま点滴に繋げるのであろう。点滴生活四日目の時、思わず目を逸らせてしまった採血の様子を今日はじっくり見てやろうと思っていた。

処置室で待っていると看護師が採血と点滴一式持って現れる。一週間も通っているとすっかり顔馴染みで、点滴の準備の最中なんかに世間話なんかも出てきたりする。私は看護師に採血用のチューブを見せてもらえないか頼んだ。この申し出に、看護師は快く答えてくれ、採血しながら説明してくれた。採血用の点滴チューブは腕に刺す反対側に試験管に刺す針が付いている。採血はここから行われ、採血が終わるとその針の部分だけ抜かれ、点滴袋に繋がれるようになっている。判って見れば簡単な事だ。

点滴が終わると診察室に呼ばれる。今日も医師はご機嫌が良い様だ。

「炎症の値(CRP)も1.7まで落ちましたね。標準値とは行きませんが、ここまでくれば内服薬による治療に切り替えても良さそうですね」

医師はマクロライド系のクラリシッドを処方してくれた。内服もミノサイクリンで行こうかと考えていた様だったが、副作用の少ないものとしての選択のようだ。どうやら点滴後の眩暈を気にしてくれていたようだ。

(お陰さまで眩暈はありませんが、残念ながら現在クラリシッドの副作用の胃腸の不調が現れております。とほほ)

私が心配していた肺の機能低下に関しても、組織が修復するまで暫く続くが元に戻るとの事だ。

様子を見ながら普段通りの生活に少しずつ慣れていく事、変わった事があればすぐに診察を受けるよう言われ、診察室を後にした。

会計を済ませ外に出ると金木犀の花が金平糖を散らしたように地面に散っていた。

「今年はこの花の香りを嗅ぐ事無く終わってしまったな」

寂しくもあったが、なぜか晴れやかであった。ゆるゆるといつもの生活に戻れる、そう思うと足取りも軽くなる。そして咳をする事無く小さな溜息をついた。

<了>

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2007年11月 7日 (水)

神の御座す木 ~おがたまのき~

自転車を走らせ、緩やかな坂道を登る。

古い石橋があり、その向こうは神社。神社の横には小さな流れがあり、その奥は深い森が広がっている。

ここは私とダイキチ、みいとでよく訪れる場所だ。夏はその流れに足を浸し、冬は森の中に潜って遊ぶ。

Ogatamanoki 神社の社務所の前に一際大きな木がある。

高さは社務所の屋根を遥かに越え、隣の鳥居よりも大きい。

やや白っぽいその幹の周りは2mは優にあるだろう。私が腕を回しても届かない。

遥か頭上に茂る緑の葉は艶々として、葉の影から赤い実が僅かに顔を覗かせている。

Ogatama その木は、おがたまのき(招霊の木)と言う。

天岩戸伝説で、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)が、天岩戸の前で神楽を踊った際持っていた枝がこの木の枝だったそうだ。

神楽鈴のモデルでもあるらしい。確かに、そう言われると沢山付いた赤い実は神楽鈴の様でもある。

同じ木蓮科の辛夷(以前書きましたね)にも似ているが、辛夷は赤い実は固まって付いているのに対して分かれて付いている。

Sinndenn 少し歩いて神殿のほうまで行くと丁度日が差し込み、神々しいような気配が辺りに漂う。確かにここは神聖な場所なのだと改めて思った。

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点滴生活 5日目・6日目(仮)

点滴生活も五日目を迎えたが特記する事も無く、点滴痛は相変わらずで、熱がどうにかこうにか37度台を割った事と咳が随分少なくなった事で体が回復している事を伺わせる。

只、昨日少し動きすぎた為か異様なまでに体がだるく、お弁当と朝食の支度をしたら咳込んでしまいフーフー言いながら布団に戻る始末。そんな私の元にみいがお医者さんごっこの格好をしてやって来て、聴診器とお熱を見た後、次から次へと私の横に蛙やら兎やらの縫いぐるみを並べて寝かしつけ「ねんねですよ」と言って去って行った。

六日目は「じっと我慢の子」の精神でいた為か比較的楽で、あれ程苦痛だった点滴痛から気を紛わす極意(?)を編み出した。くすっと笑える本を持ち込む事。くすっと言うのは重要なポイントで腹を抱えて笑える様な物ではかえって痛くていけない。この時は小栗左多里著「ダーリンは外国人」を持ち込んだ。この病院は本の種類が沢山置いてあり有り難い。

調子が良かったので昼食はフレンチトーストを作りみいと食べる。点滴も午後を残し後一回だと思うと気分も軽い。

しかし、そうは旨く行かないのが世の常。午後の点滴の最中、珍しく医師が処置室に現れた。「調子は良さそうですね」気味が悪い位ににこやかだ。「明日どうせ採血して針刺しちゃうから点滴ついでに打っておこう。今後は結果次第ね」私を入院させられなかったのがよほど悔しいか、何がなんでも点滴を打たせたいらしい。よって点滴生活は明日まで続く(予定)。

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2007年11月 6日 (火)

点滴生活 4日目(仮)

昨日しっかり休んだ事もあってか、何週間振りにすっきり目覚める事が出来た。外はまだ暗い。うっすらと朝の気配を感じさせるその空に月は白く輝いている。体も随分軽い。今日から少しずつ体を動かすつもりだ。

我が家はgasaさんの両親+祖母と同居だが、gasaさんの仕事の都合上、食事の時間が合わないのでキッチンは別にしてもらっている。朝食とgasaさんのお弁当を作ると、ダイキチとgasaさんが起きて来る。みいはねぼすけでまだ眠っている。台所にいる私を見てgasaさんは苦い顔をした。

朝食を食べさせ、ダイキチを玄関まで送り出し(最近ダイキチは同級生達と登園するようになった)、後片付けを済ますとあっという間に点滴に行かねばならない。今日は診察と採血もあるのだ。

待合室で暫く待つと処置室から名前を呼ばれる。採血をするものだと思ったのにベッドの方にと促されたので面食らっていると、点滴の用意をして看護師が現われた。いつもの様に「チクッとしますよ」と言って針が刺される。その針はどう見ても点滴針で、しかも点滴袋とつながっていない。チューブが途中で途切れている。再び面食らっていると看護師は採血用の試験管(真空採血管)を取り出し、どう言う仕組みでか血液を取る。長いチューブを通って試験管に注がれる己の血を見ていると、背筋に冷たい物が走る様な感覚がして、思わず目を背けてしまった。

気が付くといつの間にかチューブは点滴袋に繋がっており、チューブの中に僅かに残っていた血液も点滴液と一緒に、淡い網目の様な模様を残し私の腕の中に吸い込まれて行った。暫くするといつもの疼く様な痛みが現れる。これはやはり仕方が無いのかも知れない。

点滴が終わると直ぐに診察室に呼ばれる。目の前に座る医師は何時になく爽やかな顔をしている。何だ、こんな顔の時もあるのか、と思ったがよくよく考えて見ると何時も私がとんでもない状態だったからだと思い出した。

「随分良くなって来てますね」医師はそう言って検査結果を見せた。白血球は7800、CRPに至っては4と前回を遥かに下回っていた。「それでもCRPは標準値よりまだ高いですからね」そしてにこやかに言う。「明後日まで続けましょう。点滴」まだまだ無罪放免とは行かないらしい。

フラフラになって家に帰るとみいがお医者さんごっこの格好をしてやって来て点滴の跡をよしよしして「良い子でねんねですよ」と言って又行ってしまった。注射や薬なんかよりお前のよしよしの方がよく効くよ。

午後の点滴もやはり腕が疼き出し、それは肩の辺りまで登って来ている。一日二回の点滴でそろそろ体が疲れ始めているのかも知れない。

夕食の支度をするがフラフラし、gasaさんが帰る頃には床にへたりこんで立てなくなった。「今一番しなきゃ行けない事は何もしない事!」と怒られた。そんな事は判っている。しかしそうは出来ない。gasaさんに言っても判ってもらえないのでやめた。幾ら家族でも私はやはり嫁なのだから。

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2007年11月 5日 (月)

こっこと七匹のあおむし

先日(11/02)畑で見つけてきたキアゲハの幼虫です。

Syuukaku 家の裏の畑の人参の葉の上に見つけました。

体長は1cm弱、にも拘らず立派に臭角(あの臭いのする角の事です)を出します。

この他にも沢山おり、全部で七匹見つけました。大ばあちゃんに見つかると殺されてしまうので、人参の葉ごと家につれて帰りました。

143 この日の時点で2齢幼虫×4、3齢幼虫×3でした。食草だけ絶やさなければ、幼虫は(殆どの蝶の幼虫は)蛹になる時以外、あちこち移動する事は無いので、プリンカップに脱脂綿を詰め、それに水を浸し、人参の葉を刺してやりました。丁度良い飼育箱が無いので、味噌のカップに入れてやりました。

これこれ、虫愛でる姫君(not堤中納言物語)よ幼虫を素手で触ってはいけませんよ。幼虫の体には無数の気門があり、手の脂分が付着すると窒息してしまう事もありますので気をつけて。

飼育し始めたその日に、2齢幼虫から3齢幼虫へと脱皮する様子が見られました。

Dappi1102sono1Dappi1102sono2Dappi1102sono3   脱皮する前になると、幼虫は余り動かなくなります。そして頭側からゆっくりとお尻に向かって皮を脱いでいきます。ちなみに、頭部の皮はお面が外れるようにポロリと取れます。幼虫は脱皮が終わると自分の皮を残さず綺麗に食べてしまいます。これは卵からかえったばかりの幼虫に関しても同じです。

脱皮が終わると一回り大きくなったような気がします。

今日も幼虫たちは元気に人参の葉を食べ、丸々大きくなっております。

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点滴生活 3日目(仮)

今日はgasaさんがお休みで「全部任せなさい!」と言ってくれているのでお言葉に甘えさせて頂く。よく出来た旦那様だ。朝食は朝食でお義母上のお世話になり、申し訳ないと思いつつ有り難い。

昨日の看護士の話では明日は病院は休日なので、電話さえくれれば点滴の用意をしておいて下さると言う事なので時間を見て電話をすると、いつも時間に来て下さいとの事だった。

外に出ると雲一つ無い空だった。恨めしい位に蒼空だ。「本当ならば今頃お山に一つ登っているんだがねぇ」側にいたgasaさんに言うと「そう、言うもんじゃない」と制した。「ほら、これで少しは見通しが良い」と車のフロントガラスを拭く。「だったら早く治しに行っといで」何も心配いらないよ、とその顔は言っていた。その顔にいつも私は甘えっ放しだ。私は少し苦い顔をしていたに違いない。小さく手を振って家を出た。

病院までの道程からは今日登っている筈の山が秋空にくっきりと姿を表している。悔しいが、今はその山に登ってやろうと言う気力も体力も無い。安静にしていても肩で息をしている自分がいる。

休日の病院は何やらいつもと違う世界の様だ。いつもの慌ただしさがまるで無く、時間が止まっているかの様。受付には誰もおらず、‘御用のある方は押して下さい’とインターフォンが置かれている。その赤いボタンを押すと、奥から看護師が一人小走りで現われた。診察券を確認すると処置室へと促した。すると電話がなり、彼女は追われる様に走り出す。それが終わると今度は何かの呼び出し。病院は休日でも彼女の時間は今日も慌ただしいらしい。何だか申し訳なくなってしまった。

やっと一息付き、私の方に向き「お待たせしてしまってすみません」と言うものだから「いえいえこちらこそこんなに忙しいのに」と何だか漫才の様だ。看護師に血管痛の事を話すと、「じゃあ、なるべく太そうな血管を探して刺しますね」とニコニコしながら慎重に血管を探る。「ちょっとチクッとしますよ」あっという間に針を刺すと手際良くテープで固定する。「何かあったら呼んでくださいね」にこやかに言うと足早に次の仕事に戻って行った。

有り難い事に今日は血管痛は殆ど無く、快適に読書を楽しめた。50分程の点滴が終わり看護師にお蔭で血管痛は殆ど無かったと告げると「今日打った血管がたまたま丈夫だっただけですよ」と謙遜した。

家に帰るともうすぐお昼で、久し振りに空腹を感じた。それでもいつもの様に幾らも食べられないのだが。昼食を済ますと、さあ行った行ったとばかりに六畳に押し込まれてしまった。

そろそろ寝ているばかりも飽きて来た所は回復している証拠か。購入したり図書館で借りたりしながらなかなか読めない本をここぞとばかりに読んでやる。何冊か読むともう午後の点滴の時間。読みかけの本を持って病院に向かう。

午後の点滴も先程の看護師がしてくれる。同じ様になるべく太そうな血管を慎重に探り、針を刺す。後は又50分程の読書の時間だ。持ち込んで来た本を手に取る。この本の主人公の尋常ならる病弱っぷりが、今の私の様で思わず笑える。今回も痛みは殆ど無く、あっと言う間に50分。今日は受付が休みだから会計は明日で、との事。看護師にお礼を言い、病院を後にする。

家に帰るとgasaさんが子供達と遊んでいた。どちらが子供か判らんなぁ、とニヤニヤしながら見ていたら「早く直したいなら、晩ご飯になるまで寝てなさい」と又六畳に押し込まれてしまった。私がまだ小学生の頃、肺炎になった父がこっそり病院を抜け出し、近くの喫茶店で暇を潰していた気持ちが、今何となく判る。そんな私の気持ちを知ってか、様子を伺いに来たgasaさんが「今は大人しく寝てる事に頑張って頂戴」と言って又襖をぱたんと閉めた。

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2007年11月 4日 (日)

川上渓谷(大分県 緒方町)

久しぶりの休みのgasaさんが「どっかドライブ行きたいなぁ」と言った呟きを、私の耳は聞き逃しませんでした。

「山に行きたいよぉ。山の空気を吸わないと肺にカビが生えまするよぅ」その呟きに便乗させていただき、少々愚痴をこぼしてみます。

私の言葉にgasaさんは一瞬「えっ!」(お前病み上がりだろ)と言う顔をし、ダイキチは「えっ!カビが生えるの?」と真剣に心配した顔をしていました。子供相手に変な冗談を言ってはなりませんなぁ。

ドライブです、歩きません!絶対無理は致しません!兎に角、紅葉を見ないで今年を終わるのは嫌ですようと泣きを入れて許してもらい、提案したのは緒方町の川上渓谷。

毎年夏にここより少し下流の滞迫峡に泳ぎに行くのだが、今年は忙しかったり体調が悪かったりで六月に行ったきり、せめてもう一回行きたいと思っており、でも折角なら少し足を伸ばそうと言う思いともう一つ。

ここはですね、祖母山(1,756m)の登山口にもなっております。もうお分かりですね?ゲホゲホで尚且つちび二人連れの今の私にはとても無理ですが、何時か登ってやろうと思っている場所であり、せめてその山麓に…と思っているのでございます。

我が家から約二時間、心細~くなりそうな県道緒方高千穂線をひた走り、つきましたるは川上渓谷。紅葉には若干早いようですが、そこかしこで色づく木々もあります。

Sobosann 500¥/1日の駐車場に車を止めると、先程まで雲に隠れて見えなかった山稜が姿を現し、日が差し始めました。

嫌でもテンションが上がってきます。喩え、その頂に立てなくても(号泣)。

Annnaibann よく整備された遊歩道を歩きますと、ご丁寧に案内板があちこちにあります。私は説明が下手なので上の写真と案内板を比べてみてね。

こういうぎざぎざと言うかとんがりと言うかこう言う山容の山は褶曲によって出来たものでしたっけ?子供の頃化石やら水晶やら掘ってた割には地質学にはとんと疎いワタクシでごめん。誰か教えてくだされ。(と、助けを呼んでみる)

ダイキチはどんどん遊歩道を駆けて行き、私もそれに続く。まったくやる気無しのみいをだっこし後に続くgasaさんは多分(又ぶり返すぞ、コンニャロメ)と思っていたに違いない。

足元はやわらかい落ち葉の絨毯、先程までくすんだ様な色の木々は日の光に照らされ、赤、黄、緑それぞれの色を渓谷に映す。沢の清流は冷たく、暫く手を漬けていると感覚が無くなりそうだ。渓谷の合間から烏帽子岩、天狗岩が見える。うん、山はいい。

Turibasi 暫く歩くと吊橋が見え、この吊橋を渡れば宮原コース、このまま渓谷沿いに行けば黒金コースと看板がある。このまままっすぐ渓谷沿いに行こう。

秋も良いけど、夏に来ても良いね。この清流に浸かって遊んでみても楽しそうだ。しかし、ギャラリーは多そうだなぁ。渓谷沿いに登山道がある訳で、あはは。(それはちぃと恥ずかしい…)

Seiryuu もう一つの吊橋が見えてきて、その真下は少し深くなっている。橋を渡り水辺に下りてみる。水の色はガラス玉の様に青く澄んで。秋の日を受けきらきら輝いている。この中に飛び込んで泳いで見たいな…と思っている後ろで早速子供が水浸しになっていた、とほほ。

あんまり水に浸かっていると風邪を引くよ(いやいや、この時期余り浸かってなくても風邪を引くだろ)と言いながらこの光景を見ていたら眩暈がしてきたよ。ごめんgasaさん、暫く私を一人にしてくれ…。橋を渡って左に祖母山の看板がある。少し歩くと下山途中の登山者に会ったのでこの先はどんな風になっているか聞いてみた。

その方は私の足元に目をやり「スニーカーででしたらここから15分位の所までなら行けますよ」とご丁寧に教えてくれた。その方は吊橋のところまで来てこの時期に水遊びをする子供らの様子をじっと見ておりました…。なんて思われていたんでしょうね(笑)

私はgasaさんの所まで戻り「後15分位歩いていい?」と聞いたが「駄目。もう帰ろ」と却下。

そりゃそうだ、ダイキチは水浸し…。

元来た道を引き返しながら、「又来たいね」「今度はもっと遊びたいね」と私とダイキチ。

そういえば、gasaさん、来週一泊でスキーでしたね?私らは留守番でしたね?私ら、友達とキャンプの予定、ゲホゲホでキャンセルしちゃったから予定に穴開いちゃったんですよぅ。で、来週又ここ来るよ。答えは聞いてないよ、うふふ。(確信犯)

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点滴生活 2日目(仮)

【今はもう良くなっていますが、”どんな状態だったか記事にしてUPする”と予告してしまっているし、記事も一週間分書き上がっているので毎日一件ずつUPしていきますので暫くお付き合いの程。】

朝、なんとなく体が楽だった。否、楽と言うのには些か語弊がある。まだまだ頭も痛むし、咳も出る。それでも昨日までのそれと比べるといくらかは楽な気がした。早速点滴の効果が現れたのだろうか。それでも朝の体温は37.3度。まだまだ平熱とは言い難い。

私がマイコプラズマに罹ったと判ってから、六畳の和室に一人きり隔離されている。感染力は弱い、と言うものの家族内の感染もあるわけで、仕方の無い事だ。時々子供らが来て布団の上でごろごろ転がって遊んで行くが、呼び戻されるとさっさと行ってしまう。

楽になったと言えども、起きていると辛い。朝食をとっていたらしんどくなって来てしまって、早々に布団に潜り込む。とりあえず薬だけでも飲まねば、と内服薬を三種類多目の水分と共に飲む。咳止めや痰きりの対症療法薬だ。マイコプラズマ自体は私位の重症になると内服薬では効かない。今日も点滴を受けに行かねばならない。

病院の受付で診察券を渡すと、程なく声がかかった。今日は診察が無いので順番待ちも無く早い。椅子に掛け待っている他の患者の間をすまなさそうにしながら処置室へと向かう。

今日は雑貨やら手芸やらの雑誌をいくつか持ち込んだ。処置室のベットに横になると看護師が点滴袋を持ってやって来る。点滴袋にマジックで書かれた私の氏名とその中に溶かされている薬剤名の書かれた小さなシールを確認。私は病院ではこういうやり取りはちゃんと確認しておく。神経質だと思われるかもしれないが、お互いの為だ。こんなご時世、自分の身は自分で守らねば。

「ごめんなさい、少し痛いですよ」と言われると同時に鋭いものが皮膚を突破るぞくりとする感覚があった。看護師は点滴針とチューブを腕にテープで固定しながら「あまり動かすと針が皮膚を突破りますから気をつけて下さい」と枕元に置いた数冊の本にチラリと目をやり、物騒な事を言って立ち去った。

昨日の点滴後の目眩と頭痛は副作用かも知れないとの事で、今日は50分とゆっくりにしてくれている。この時間ゆっくり読書でも、と思っていると、針先から少し離れた辺りから疼く様な痛みがある。うまく刺さってなくて液でも漏れているのかと思うとそうでもない。我慢出来ないものではないが神経を逆撫でする様な感覚、しかし暫くすると消える。そして又同じように疼き出す。血管痛だろう。血管があまり太い方では無いので仕方が無いが、ちょっとしんどい。

本をパラパラめくっていると、割れたり欠けたりした陶器を修復する、金継ぎという手法が載っていた。茶道等では結構扱われていたりして、新品の茶碗より金継ぎした物の方が趣があるとして持て囃されたそうだ。材料も画材屋で揃うし仕上がりはどうであれ素人でも出来るそうだが、今の私にはいまいちピンと来なかった。多分元気な時であれば直ぐに画材屋に走ったであろう。飲み口を欠いてしまいそれでも棄てられずに花器として使っている陶製のタンブラーがあるのだ。

度々腕が疼くき、深く読む気にもなれず本を置き、ぼぅとして点滴は済んだ。腕の疼きを思うと午後からの点滴がとても憂鬱だったが、それでも体が幾分か軽くなっていると気付く自分がいた。

家に帰ると、やっと会えたと言わん許りの子供達の手厚い(手荒い?)出迎えを受け、フラフラになった頃に昼食。私が良くなるまではお義母上が三度の支度をしてくれる事になっている。同居は気を使うがこんな時は助かると思う。薬を飲みウトウトするともう午後の点滴の時間になる。

点滴は一日二回六時間明けてする様言われている。朝九時に行なったので午後は三時からだ。案の定午後の点滴も血管痛が起り、点滴を受けているだけで疲れてしまった。受付で午前と午後の分一緒に会計する。診療明細には注射110点としてある。1点10円なので点滴一回当りは550円。妥当な数字かどうかはさておき、効かないドリンク剤を飲むよりはましか。しかしながら3割負担で点滴のみで言えば払った金額は330円、後は日本の医療財政の破綻に荷担していると思うと心苦しい所。それよりも取り敢えず早く帰って休みたい。私は夕暮れの病院を後にした。

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2007年11月 3日 (土)

近況

病気の記事ばかりUPしているので、まだ相当悪いのではないか、と思われるといけないので、近況を。

最初の検査をし、点滴を受け始めたのが10月26日、一週間後の検査で数値がほぼ正常値(の上限)に戻り「少しずつ普段の生活に戻ってください」と医師の許しが出ましたので、昨日から再び子供たちと近所を散歩し始めています。

Hanakannmuri

まだ肺機能が戻っておらず、咳も少し出ますので、野の花を摘んで花冠を作るなど大人し目の遊びをしています。

ダイキチが幼稚園に行っている間は、いくらみいが元気者と言えど流石に女の子なので、割とゆったりとした時間をもてます。

ついでに畑に寄ったら、人参の葉に沢山のキアゲハの幼虫を見つけ、大ばあちゃんに見つかったら即抹殺の運命になりそうなので、みいが保護(?)し、家に持ち帰りました。

数えたら全部で七匹。蝶になるまで育てる事になりました。飼育の様子は時々blogにUPします。蛹になるまではまだ暫くかかりそうですが、来年の春の楽しみが出来ました。

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点滴生活 1日目(仮)

天井から吊り下げられた点滴袋からぽたりぽたりと落ちてくる雫をぼんやり眺めている。雫はゆっくりと管を通って、腕に刺された針から静脈へと流れていく。

私は今、先程診察室で点滴を受けるよう指示され、処置室に来ている。

塩酸ミノサイクリン100mgを100mlの生理食塩水に溶かし静注点滴。これを六時間の間隔をあけ一日二回。これを受けに自宅から病院に通う事が出来れば入院は免れる。

しかし、裏を返せば「通う程の体力が無ければ即入院」と言う事だ。

実際、マイコプラズマ肺炎の患者は外来で治療を受ける事が多い。肺炎で言えは割と軽度な部類であるし、予後も比較的良い。感染力も比較的弱く、咳や痰が酷くなければ学童期の子供であれば登校しても良いそうだ。

投薬に関しても、マクロライド系やテトラサイクリン系の抗生物質の経口投与(細菌ではないのでペニシリン系やセフェム系は無効)での治療も可能だ。

…なのに何故点滴なのか。

経口投与では追っついて行かない、そう、私はマイコプラズマにおいては重症例なのだ。

入院を免れたものの、嗚呼…

何とはなしに溜息が出る。

そもそも気管支炎と高をくくったのがいけなかった。みいが回復して行ったのだから暫くしたら私も良くなるだろうなどと思ったのが落とし穴だった。

マイコプラズマは乳幼児は比較的軽症で済み、風邪として診断され終わる事が殆どだが、二回以上罹った時は重症になりやすい。

年がら年中コンコン言っていた私が、罹っていない筈が無いのだ!

そう思うと又溜息が出る。

溜息をつくと咳が出る。一度出た咳は気管支を刺激して次から次へと出てくる。呼吸が出来なくなり、苦しい。一旦息を止め、ゆっくりと吸い込むと落ち着いた。

”情けないねぇ”思わず自嘲じみた笑みが口元に浮かんだのに気付き、慌てて止めた。

”つまらない事は考えないほうが良いのさ”又点滴の雫に視線を移す。”明日っから本でも持ち込まなきゃね”

医師は1時間程かかるといっていた点滴は40分程で終わった。針を抜いてもらい、処置を終えてベットから起き上がろうとすると、途端に天地が判らなくなり、同時に激しい頭痛に襲われた。

慌てて近くにいた看護師が手を貸してくださる。暫くじっとしていたら眩暈も頭痛も治まっていた。「暫く休んでいかれますか?」の問いを私は大丈夫だと断った。本当に重病人みたいで嫌だった。

受付で会計を済ませ病院を出ると外は既に暗い。

”何時までこんな調子でいるつもりか”外気も冷たくなっており、思わず咳を誘う。咳が出そうになるのを必死で止める。”病気が治る頃には私の腕は注射針の跡だらけだ”そうして静かに溜息をついた。

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2007年11月 2日 (金)

ここ数週間苦しめられていたものの正体

あくまでも仮定ではあったが、私には一つの答えが見えていた。気管支炎と下された診断の陰に隠れて見えなかったもの、長引く乾いた咳・激しい頭痛・何日も続く微熱と時折38度台になる熱、それは。

目の前にいる医師もほぼ断定できたようだ。前回の診察時に別の若い医師が書き込んだカルテを見、その若い医師が聞き逃した肺雑音を探り当て、私を問診して得たその答えは。

「…マイコプラズマ(肺炎)、では無ければいいのですがね…」

マイコプラズマ肺炎とはマイコプラズマ・ニューモニアと言う細菌とウイルスの中間に当たる病原体に感染してかかる病気。感染経路は主に飛沫感染。症状はまさに私の通りで、しかし、肺炎特有の肺雑音が初期の段階では認められないことも多く、見落とされる事も多い。血液検査をし、マイコプラズマ抗体が陽性を示した時に初めて診断が確定する。只、その抗体が陽性反応を示すのも感染してから2~3週間してからであるが。

前回、見落とされた事も仕方が無いと言えば仕方が無い、それは私にもわかっている。喩え血液検査をしていたとしても同じ事だ。

医師は看護師にレ線と血液検査の準備をするよう指示、もう一人に「サットを持ってきてくれ」と頼む。看護師が持ってきたものは25mm×40mm位の黒いクリップ様の物、パルスオキシメーターと呼ばれる物。動脈血酸素飽和度を測る機械だ。私の指に挟み、暫くすると数値が95と出る。正常値が99~94なのでまあぎりぎりといったところか。

処置室に移り、採血をし、レ線を撮って待つ事暫し。

名前を呼ばれ診察室に入れば、渋い顔をした医師が待っていた。

「マイコプラズマ陽性ですね」そのデスクの前にあるシャウカステン上の胸部レ線写真はスリガラス様に白く滲んでいる。

「入院したほうが良いですね」

”したほうが”の裏に選択権がまだ残されていると見た私はすかさず

「無理です」ときっぱり食い下がった。

医師はいよいよ顔を曇らせ、先程の血液検査の結果を見せた。CRP値が8.7と異常なまでに高い。

「…これはね、苦しい筈ですよ。よく我慢してましたね」

暗に「こんなになるまで放っておくものではない」と私を窘めているのだ。

ちなみにCRPの正常値は0.9以下で、これは別の時に聞いた話ではあるが、ある病院では10以上を入院レベルとしているらしい。

「本当ならば入院して安静にして頂きたい状態です。しかし小さいお子さんもいるので大変でしょうから―」

毎日点滴を6時間空けて二回受ける事。

絶対に安静にする事。

この二つの条件を飲む事が出来るなら外来での治療を許可する、医師はそう告げた。

「判りました。よろしくお願いします」

その言葉を聞くと、医師は看護師に点滴の準備を促した。

「それでは今日から点滴による治療を開始します」

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2007年11月 1日 (木)

戻ってまいりました。

暫く留守にし、皆様にはご心配お掛けしました。

あわや入院、と言う事になる所でした(医者は入院してほしそうだった)。

医者には呆れられました。

看護師にはムズカシイ血管といわれました。

それでもこっこは元気でございます。

私の体験が何かのお役に立てばという気持ちで記事を数回にわたり連載します。

私と同じ”ごほごほ”になってしまった人達に捧ぐって感じです。

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